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短歌の目12月 投稿します

創作

間に合ってよかった、これで年が越せるってな感じです。よろしくご覧ください。

 

1. おでん
年末をウィークエンドと言わしめておでん おまえと年を越すのか

 

2. 自由
左から時計回りにやってきた自由なあの子がくれたラの音

 

3. 忘
冬型の気圧配置の匂いなら忘れないから 空が晴れても

 

4. 指切り
指切りはアダムとイブの知恵くらべ 足の踏み場もないほどリンゴ

 

5. 神
臍の緒のごと充電器手繰り寄せ繋がるさきに神ぞあらんや

 

テーマ詠「冬休み」

あらたまの雪や染まれのエモーション#595857

クリスマスした

日記
2016年12月24日(土)  くもりときどき雪 これ以上寒くならないでほしい気持ち

ノルマ達成した?と訊ねると、友人はとびきりの笑顔で「ウチだけで900本売った」と言った。さすがだねー、アンタから買いたいっていう人はいっぱいいるんじゃない?わたしがその一人であるように。「毎年頼んでもらってありがとね。これ、引換券」友人はわたしにモスチケットを握らせて、「今年は時間指定とかじゃなくて、好きなときに取りに来てもらっていいからね」、言いながら車に乗り込んだ。「いつ取りに来る?24日?その日は夜も店に入ってるからさ。待ってるね」別れ際、彼女からは揚げ物の匂いがして、一年で一番大変な日の訪れを予感させたのだった。

そして今日の夕方、店に着いたわたし。駐車場はとても混雑していて、ああこの人たちはみんな今夜モスチキンを食べるのだわ、そんな気持ちで店内に入ると、混雑する店先、しかしチキンを受け取って家路を急ぐような一人もいなかった。細長い店内の、さらに奥で仕切られた喫煙スペースまで埋め尽くして、ただ座っている人たち。食事をしている人は誰もいない。そこにいたのはチキンの出来上がりを待つ人々だった。店内でのチキンの揚げ方が全然間に合っていなくて、とりあえずお席にお掛けになってお待ちください、と言われた人が店内を埋め尽くしていた。「何分待つんですか?」「今ちょっと混んでまして、30分以上かかるかも...」(まじかよ...)みたいな、絶望まじりの無言の空気が店内を支配している。彼らは業務用冷凍庫でこれから揚げられるのを待っている900本のチキンのようだった。友人はとびきりの笑顔でそれを捌いていた。ああ来年は酉年だなあ、なんて、店の外に出ると車の窓には雪が積もっていた。

一歌談欒 vol.3 参加します

こちらの企画に参加します。

よろしくご覧ください。

一歌談欒Vol.3 - 人生ぬるま湯主義

 

この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい(笹井宏之)

 

静かなところで暮らしたいと思った。
「都会の喧騒から離れて」なんていうほど都会でもないこの街の、この窓から見えるあの森は静かなんだろうか?、いやあれは森というより山だ。鬱蒼と茂る木は急勾配を駆けあがり、トンネルをくぐる国道があって、合間には林道や田畑が整備されていることを知っていた。山は、静かではない。逆にさ、ハンパな田舎よりも都会の方が、森みたいに緑が広がってたりするもの、上野公園とか...。上野公園には行ったことなかったけど、山よりは森に近いのではなかろうか。けれどやっぱり、うるさそう。
“森”っていったらこのイメージなんだよな。イヤフォンからはサイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」が流れている。この曲は北欧の森を想わせる、北欧には行ったことなかったけど。

静かなところに住んでいるとして、と想像する。木のほかなにもない(北欧の)森に一つだけ家があって、そこでの暮らしは自給自足。水を汲みにいき、木を切って火を焚き、畑を作って食べるものを手に入れる。静かに暮らしたいのだから、動物性タンパク質のことはこの際あきらめる。だけど、自分は自給自足の生活をしたいわけではなかった。静かに、静かに暮らしたい。できることなら汗を流したくない。だから決めたのです、人に頼めるものは頼んでしまおう、と。
どこからか労働者を連れてきて、あなたは水汲み、あなたは薪割り、あなたは畑を耕して、とお願いする。作業をするときはこの軍手を使いなさい、無理をして体を壊さないようにね。報酬なら弾みます。わたしにはうなるほど金がある。あなたたちに軍手を売って、築き上げた財産が。
彼らは大変よく働く、けれどもやはり少しうるさいので、仕方がないから家の壁を厚くした。さあ環境は整った。静かな静かなこの森の、この家の中で、一体なにをして暮らそうか。

もしくは。

目線を、あの山より少し手前に移す。去年、大型ショッピングモールが撤退して廃墟と化したあの建物、来月から取り壊しが始まると聞いた。あそこになにが建つんだろう。しょうもないパチンコ屋とかだったらどうしよう。「老人ホームが建つんだって」隣で妹が言った。老人ホームかあ...あーあ。なにかの間違いで、図書館でも建たないだろうか。「図書館?あるじゃん、市立のが」違うのだ妹よ。隣町の市立図書館は確かに立派な建物で、老若男女の知的好奇心を満たしてくれるのだけど、そこに静寂はないでしょう。絵本を読み聞かせる母親の優しい声とか、学生が消しゴムを落とす音、おっさんの咳払い、新聞をめくる音、受付カウンターの端末操作音、そういうのは一切いらない。自分以外が生きている音は、いらない。「そんな図書館あるわけないでしょう」ないなら建てるまででしょう。ああ、なにかの間違いで、あそこに図書館でも建たないかなあ。本に囲まれた静寂。静寂に囲まれた本。この図書館で、一体なにを読もうか。

 

 

“森で軍手を売って暮らす”ことと“図書館を建てる”ことは「静寂を求める」という意味で同じかなと思いました。自分一人の空間を欲すること、ひいては自分以外の存在を認めないこと...。けれどもそうやって創りあげた空間でなにをしたかったのか?までは思い至らずでした。なにもしたくない、「無」になりたい、そんな思いもあったのでしょうか...。

短歌の目11月 投稿します

創作

今月もよろしくご覧ください。

 

 

 

1. 本
路地という路地には本初子午線の呪いが満ちて今日を仕上げる

 

2. 手袋
小岩井の羊 六花を食むごとに偶蹄類の手袋を編む

 

3. みぞれ
半分は東京行きの雪になり もう半分にみぞれ降る朝

 

4. 狐(きつね、キツネも可)
狐火は電信柱に留まってさみしいひとのベッドを照らす

 

5. メリークリスマス
ハッピーハロウィン! 三列シートの真ん中に押し込められて メリークリスマス!

 

テーマ詠「酒」

これとこれ好きだったよねとあの頃のコードネームの前に立つきみ

 

茶箪笥の茶筒の中のビー玉が待っててくれたような ロブ・ロイ

 

 

今月は旅行したりライブに行ったり非日常が多かったからか、「詠みたい!」と思える材料がたくさんあって考えるのたのしかったです。経験が大事なのだな、なにごとも。

せんべい工場

日記
2016年11月26日(土) 晴れ 河の風はつめたい

焼成前のせんべいの重みはいったいどれほどだというのか。その目盛りが10.00になるとそれまでコインゲームの要領で白糸の滝のように落ちていたせんべいは堰き止められ、せんべいを受け止めていた段ボール箱はローラー作業台の上を押し出されるままに少し滑って先のほうで遠慮がちに止まった。すぐに横から空の段ボール箱が供給されて、開放されたせんべいはナイアガラのごとくそこに注ぎ込む。目盛りが再び10.00になるのに3分とかからなかった。次々と産出される10.00の段ボール箱、ローラー作業台の上がだんだん窮屈になってきたころに、奥の部屋から一人の作業員が現れる。そして彼に率いられた、簡易フォークリフトいっぱいの段ボール箱たち。中はみな空だった。

彼は焦らすような動きで空の段ボール箱を補充し、けれどわれわれが焦らされているのはそこじゃない、ローラー作業台の上いっぱいになってしまった10.00の段ボール箱のことが心配でならなかった。あとひとつかふたつの10.00を計り終えてしまったら、そのあとに堰き止められたせんべいたちは一体どうなる?彼はしかし悠々とローラー作業台の前に移動すると、10.00の段ボール箱のひとつをおもむろに取り上げてパレットの上に置いた。それはローラー作業台の先頭でこの瞬間をいちばん長く待っていたやつではなく、二番目か三番目のやつで、そこに彼の、このラインで唯一の意思を持つ生き物としての思惑、または悪意のようなものを感じることができた。

10.00の段ボール箱ひとつ分の空白が生まれたことは、ラインに生じていた閉塞感を打ち破ることに他ならなかった。作業員は相変わらず、間に合うか間に合わないかといった緩慢な動作でわれわれの気を揉んだが、われわれにはもう、彼は信頼すべき人だということがわかっていた。横横縦の3箱を並べた上に縦横横の3箱を並べる彼の手つき目つきはよく見れば慎重そのもので、これから生まれてくる10.00の段ボール箱たちのことも安心して任せることができたのだった。

日記

日記
2016年11月22日 くもりときどき晴れときどき雨 タイヤ交換した

娘が夜寝る前におやすみを言う相手が増えたので、最近寝室に入るのに時間がかかるようになった。父親とネコとぬいぐるみ、それに加えて絵本数冊、ボール、牛乳ビン、ベビーカー、など。寝る前の儀式がたくさんあって全部こなさないと平和に眠れる気がしないのはすごくよくわかる、わたしにもそんな時代があった、けれどもこれ以上の儀式が増えませんようにとは思っているところ。

牛乳ビンというのは先日小岩井農場から買ってきたやつで、われわれは先日小岩井農場へ行ったのだった。小岩井農場は晩秋の盛りといったところで、最後の紅葉は美しく、また初雪がすぐそばにあった。動物に興味があるみたいな娘に牛さんとか馬さんとか羊さんとか見せてあげたかった、けれども羊は遠く、馬を怖がり、牛舎に着くころには寝てしまったので、娘がもっとも熱心に興味を持ったのはどんぐり拾いだった。拾ってきたどんぐりから虫が出てくる話を先輩から聞かされていたのでしばらくはトイレの窓辺において様子をみている。

この小岩井農場は「小野」「井上」「岩崎」の三名が共同創始者となり頭文字をとって付けられた名前で、岩手に「小岩井」という地名があったわけではなかった。小岩井農場内のレストランのメニュー表にそう書いてあった。われわれはひとつ利口になった。

すみやかなすみやかな萬法流転のなかに

小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が

いかにも確かに継起するといふことが

どんなに新鮮な奇蹟だらう

宮沢賢治春と修羅小岩井農場より)

メニュー表には宮沢賢治の詩もあった。この詩は詩碑として牛舎の前にも設置されている。そう今回岩手に行ったのは宮沢賢治を追ってのことでもあった。わたしは最近になって宮沢賢治が好きで、特に短歌が好きで、短歌のことだけでも理解を深められればと思って記念館を訪ねた。そうしたら宮沢賢治という人は、膨大な知識の上に童話とか詩とかそういうものをのっけているんだって、いま手元で読むことができる創作物は賢治の表現のひとつにすぎないんだっていうことがわかって、わたしは気持ちの整理が追いつかないでいる。もっと知りたいもっと知りたいとあれからずっと思っている。

記念館の近くにある童話村にも行った。エリア内では賢治ゆかりの音楽が流れていたのだけど、その一つとして「新世界より『第二楽章』」が流れていると思ったらなんと彼が「種山ヶ原」という詩をつけていたのだった。偶然にもそれこそ最近毎日この曲を聴いて通勤していたので、わたしはとても驚き、そして感動したのでした。

娘が「ひま」「ねむい」と言ったので、山をいくつか越えて帰ってきた。山をひとつ越すたびにに思うのは、「賢治が想う農村っていかにも太平洋側って感じがするぜ」ということ。日本海側の森は、林は、暗く湿っていて、紅葉はなく、田畑は小さかった。帰ってきてから本屋で「春と修羅」を買って、今は『第四梯形』がお気に入り。

一歌談樂vol.2 参加します

創作

こちらの企画に参加します。

dottoharai.hatenablog.com

 

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって(中澤系)

 

 「理解」とはどの部分の理解を指すのでしょうか。わたしは今のいままで「電車が来る危険」を理解できるかできないか、で考えていた。けれどもそういえば、数あるプラットホームの中で「三番線」を選んだ意味も、電車の種類の中から「快速電車」を選んだ意味も、到着でなく通過してしまう意味も、理解できていない。

 ちなみに、わたしの住む地域は田舎だからプラットホームは大まかに「北方面行き」と「南方面行き」の二つしかなく、三番線というのは存在しない。ただし線路は敷いてあって、おもに貨物列車がそこを通過していく。当駅には(田舎といえども)快速も特急も停まるが、けれど一つ前の無人駅は特急や急行はおろか快速すらも通過していく。

 もしわたしがこの無人駅のプラットホームに立ったとき、北に行くでも南に行くでもなくただぼんやりと立ったとき、突然「三番線に~」とアナウンスがあったとしても理解できないだろう。危険か否かの前に、アナウンスの意味が理解できない。けれどもとりあえず「下がって」と言われれば、まあ下がると思う。

 それはわたしの意思で「意味わかんないけどとりあえず下がれの指示に従う」、というよりは、アナウンス側が「下がれの指示に従わせるためにとりあえず意味のわからんことをいった」、みたいな強引さも感じられる。アナウンスは、無人駅の自動アナウンスは、三番線に誰も近づいてほしくないのだ。

 ただし『さんばんせんかいそくでんしゃがつうかします』この意味を理解できる人がいるなら、特にアナウンスはしませんのでどうぞご自由に、そんな突き放した態度、引き留めることを諦めてしまった雰囲気まで感じることができる。