満月の夜にひとり

2017年12月3日(日)雨 気温は高め

満月の夜にひとり家にいる。いや実際はひとりではなかった、ネコが薄目を開けてこちらを見ている。目が合ったわたしは同じように目を細めて、それからゆっくりと瞬きをした。「ト・モ・ダ・チ」。

わたしが満月に気づいたのは、先ほどスーパーの駐車場で空を見上げた時だった。あんなに降っていた雨が止んでいる――雷まで鳴っていたのに、と思って空を見上げた時、まるい月が直射月光がわたしに当たって、これからひとりで帰る家のことを思ってすこしさびしくなった、実際はネコがいたわけだけれど。子どもが入院してしまった。いわゆる「風邪をこじらせて」、気づいたときにはRSウィルスのほかに細菌感染を起こし、肺炎と中耳炎になっていた。RSウィルスについては同僚から話を聞いていたのに、「高熱が続いたらもう一度医者にかかったほうがいいですよ」と言われていたのに、土曜日にあるおゆうぎ会のことを思うと早く早く良くなってほしくて、高熱だけど元気だしまあ様子見でいいんじゃね、みたいな態度で実家に預けているうちにとうとう元気までなくなって慌てた母が急患に駆け込んでくれた。即入院になった。それで順調に回復しているからまあ安心なんだけど、今日は夫が泊まり込む番でわたしはひとりで家にいる、実際はネコがいるわけだけれど。

 

 O2の匂いが満ちた病室に日ごと増えゆくレジ袋たち

 

なんか育て方が粗くてごめんねというか、入院したのはだれのせいかといえばやっぱり親が判断を誤ったからで、その結果子どもがつらい目にあってしまうのは大変申し訳なく思う。バタバタしていたから数日前の洗濯物を今日取り込んだのだけど、入院する前に着ていた子どもの服などをながめて「あー」となっている。それから先週のお誕生会の時にもらったばかりのおもちゃが部屋の隅にまとめられているのをみて「あー」となっている。そのままにしておくから早く帰ってきてほしい。

今日は夫が泊まり込む番だけど昨日はわたしだった。こんなときになんだけど、スマホどうぶつの森をインストールしてやっている。こんなときというが暇つぶしに最適で、子どもが昼寝をしているときや夜に寝かしつけをしたあとに簡易ベッドに転がってちょくちょくやっている。簡易ベッド、思っていた以上に簡易で寝た心地がしなかった。目が覚めてしまった夜中などにもやっているが、そうすると見回りの看護師が音もなく入ってきてとても気まずい。いかにも今起きたふうに目を細めて、それからゆっくりと瞬きをする。「ト・モ・ダ・チ」。

肘内障 vol.3

2017年11月18日(土)あめ つよめ

きょう娘と二人で出かけた。娘は初めて訪れた場所だったので始めこそ固まっていたけれど、慣れるとチョロチョロ動きたがった。わたしは屈んで娘の右手を握り、「遊びにくる前にお約束したよね?かかの言うこと聞いてね」とお伝えしたのだけど、そのときわたしの左手にはポキポキッという感覚があったのだった。直後に娘の「痛かったぁー」という叫びそして泣き声。右腕は、力なく下げられている。ああまたやっちまった。腕のなにかが外れた。ホントに癖になったんだな。しかしよく考えてみれば、今回は右腕だ。右腕をやらかしたのは初めてだ。
エレベーターに乗るまで泣いていたけど、ドアが閉まるとほかの乗客を慮ってか静かになった。右手の指をすこし、確かめるように動かしていたのをわたしは見逃さなかったので、よかった折れたんじゃないなと思った。けれど車に戻った途端「娘ちゃん痛かったぁー痛かったぁー痛かったぁー」と泣き出して、そうかぁ他人の前だから痛みを我慢していたのか、あんたも三回目だから痛みに慣れたもんだと思ってたけどそんなわけないよな、痛かったって過去形だけどこれたぶん現在進行形なんだろうな(まだそのへんの区別ついてないんだろうな)、などと思った。
この時点で11時30分で、わたしはまず夜間休日診療所について調べたが、土曜は夜7時からしか対応していないのだった。それから前回連れていった整形外科のことを想い、(前回は結局そこでは治らなかった)、けどもう選択肢がないから急いで電話をかけた。12時までに来たら診ますよ、と言ってくれたので急いで向かって、着いたのは11時55分だった。
病院でも大泣きしていたので、スタッフの方が先生にすぐに診てもらえるように手配してくれた、というか最後の客だった。前回のことを覚えていてくれたので、今回も同じであること、でも前回治ったのは翌日であること、あと今回は初めての右腕で…などということを、娘の泣き声に負けないように説明した。スタッフは電子カルテに書き込みながら、「前回は代理の先生だったんですけどねー…今日は院長がいますから!」と院長を召喚した。院長はサッと来てサッと治してくれた。迷いない口調で、ハイ治りましたと言った。たしかに治っていて、娘はまだ唸りながら、右手でわたしの肩を掴んだ。スタッフはじゃあこれ握ってみてと言って、娘にぬいぐるみを差し出した。(あ、ドキンちゃん…)。
「肘内障です。あのね、左腕がなりやすいってことは、右腕もそうだってことなんですよ。今度からは両方気をつけてね」肘内障すなわち腕の靭帯が外れても、いつかは勝手に治るんだそうです。けどそれまでは痛いから、すぐに治してあげるからまた来なさい、と言ってくださいました。ありがとうございます、ありがとうございます、と医療ドラマの母親役のように頭を下げて、診察室を後にした。

 

 

ウチの子が大変だったんです(肘内障ふたたび)

2017年10月10日(火) 雨 すこしさむくなかった

こんなときのために記録しといてよかったと思ったよね。

kazagurumax.hatenablog.com

ウチの子が9ヶ月ぶり2回目の肘内障になりました。肘内障とは肘の靭帯が骨から外れかけている状態をいうらしい。小さい子どもは骨が未熟だからなりやすいとのこと。

西松屋のおもちゃコーナーから離れらんなくなったので腕をひいたそのとき、子どもは反射的に腰を落としたので、反動が大きかったみたいです。そのはずみで外れたみたいです。わたしは隣の陳列棚で子ども服を物色中、夫と娘の揉める声がして、「そろそろ帰ろう」「やだー」「帰ろう」「やだーあっいたい!今いたかった!」それでも痛いという声のわりに大泣きとかそういうのはなかったので、わたしはわりと優雅に現場に出向き、もうすぐ帰るから先に車に戻っててね、と声をかけたところで夫がコレまた腕やらかしちゃったんじゃない?というのでくだんの左腕をもってゆっくり動かそうとしてみるとやだやだ痛いというのでいそいで近所の整形外科に赴いた。待ち合いの間は腕を力なく降ろしていて、けれども触れなければどうということはないようす。先生はその状態ですぐに肘内障と見抜き、しかしセオリー通りにはめようとすると娘は泣き喚いて抵抗し、「もうハマったんじゃないかな、ほらこれ持てるかな」とアンパンマンを差し出されても痛いといって握ろうとせず、先生は「こりゃ肘が抜けて痛かった時の記憶があるから恐怖で動かせなくなっちゃってるんですよね、家に着くころにはなんでもなかったように動かせるようになるでしょ」とおっしゃったのでコンビニ弁当を買って帰宅した。

ところが帰宅してからも娘の腕は治らずに、触れよう動かそうとすると痛いからやめてというので、これ治ってないんじゃないかという雰囲気が濃厚になった。左腕をかばいつつ、片手であそぶ姿は健気であった。夜飯も親が食べさせてやるというに、なんとしても一人で食べるとスプーン片手に上手に食べる姿は健気であった。前回は入浴時の着替えで運よく治ったのだったが、今回はそれでも治らなかった。けれども前回よりは泣いたりしなかった。泣くのはほんとうに痛かったときだけ。そのまま就寝したのだけど、ふだん寝相のわるい娘だから夢うつつに痛いいたいと声をあげるのでかわいそうだった。

翌朝いちばんで休日診療を受診した。医学的知識皆無のため前回は“外科医”にアタリをつけて行ったのだけど、今回は“小児科医”の受診のタイミングで突撃した。小児科のせんせいは肘内障とみるやセオリー通りの施術にかかり、そしてあっというまに治してしまった。「ハイ治りましたもう治りました、これ持てるかな?」差し出したぬいぐるみを娘は最初右手で受け取り、おそるおそる左手に持ち替えて、そうするとせんせいのほかに奥から四人くらいスタッフの方が出てきてみんなで拍手をしてくれた。「抜けやすくなりますから、強くひっぱったりしないでくださいね」。まあ腕をひっぱらずになんとかなるものならそうしたいんですけどね。でもきをつけます。

万年筆を買いました

2017年9月17日(日)台風がくるぞー

人生で初めて万年筆を買いました。意図しないタイミングでネットに流れてくるその紹介記事がわたしの深層心理に「万年筆」を積もらせていったのでしょうか、ある日の仕事中に急に字を書くことが楽しくなって、あ、今日万年筆買おう、てな具合で帰りに近所の文房具屋に寄って万年筆を買いました。

 

 

 家ではゆっくりひろげる時間がないので(夜9時を過ぎるとどうしようもなく眠くなる)、会社に持っていきました。職場のほうが自分の時間が取れるのか、そもそも仕事中にヒマなのか?ヒマじゃないけど同僚の女の子に声をかけて、開封の儀に立ち会ってもらいました。彼女は前職販売員で、お客様へのアフターフォローとして万年筆でお手紙書いてたんですよ、本日はご来店いただき云々、その話はこないだも聞いたしその前も聞いた。万年筆が好きと言っていたのでクリスタルのカクノを見せたら目を輝かせておった。これ7月に出たばっかりの新色なんだってかっこいいでしょう、とわたしが威張れるのはここまでで、ケースから出したばかりのカクノを前にしてわたしは途方に暮れた。インクどうやって入れるかわからない。彼女が軸を回してペン先を外してくれたので、わたしはおそるおそる、付属のカートリッジをつっこんだ。こういうの力込めすぎてダメにしちゃうタイプって自分のこと知ってるから、なるべく慎重におこなった。カートリッジがカチンといったとおもうと中のインクが動き出した。うお、これ液体なのか、固形だと思ってた。彼女は隣であははと笑っていた。

初めての万年筆でなに書こうか、まずは自分の名前かしら、それとも好きな歌でも書こうか、とすこしわくわくしていたのに、気がつくと社内は忙しくなっていて、わたしが初めて書いたのは客の婆さんの名前だった。古紙パルプ配合率70%のやしまRだった。M(中字)は思ったより太くて、なにより万年筆というのは書き味がトゥルトゥルだった。戸惑う間にもインクは70%の古紙に吸収されていき、わたしは追われるようにして婆さんの名前とそれに関するメモを書き終えたのだった。

万年筆をはじめて使ってみてわかったこと、書き味がトゥルトゥルだということ。わたしはゲルインキのボールペンがあまり好きではなくて、どこかの企業ロゴが入った油性ボールペンのガリガリした書き心地を愛している。万年筆ではその感覚は得られず想像以上に滑らかな書き心地に焦ってしまったが、でもゲルインキのボールペンとは違うとは感じる。ペン先の構造の違いなのかな。いまのとこやしまRのにじみ具合は好印象だった。裏写りするけどな!

業務終了間際に書類をチェックしていた上司から声をかけられ、あれ、今日の字なんか変だぞ、小学生が覚えたての字を書いたみたいだぞ、と言われました。万年筆って事務仕事には向いてないのかな、と。

 

がんばって作った弁当なのに写真撮り忘れるなんてあるある

2017年9月5日(火)晴れ 遠足

こんな時間にというかもはや食後一時間くらいですでに腹がへってしまったのは夕飯が限りなく質素だったからで、夕飯が質素だったのはそれ以前の昼、朝、それから前日の夕飯までも唐揚げ~でちょっとしばらくお肉と油はいらないよっと家族の総意が形成されていたからだった。今日は遠足だった。

人のために弁当を作った。自分のためにすら弁当を作らないわたしが、たぶん初めて作った。8月の下旬頃から弁当どうすると考え出し、弁当箱を買いに行き、だけどやっぱり家にあるタッパーでいいやどうせたまにしか使わないんだし、タッパーみっつ用意して、ひとつは唐揚げと玉子焼きとウィンナー、ひとつはミニトマトブロッコリー、ひとつは果物、あとおにぎりでどうでしょう?と先輩方に聞いたら、先輩Aはアスパラベーコンやちくわチーズやコロコロおむすびを提案してくれたし、先輩Bは「弁当の中身なんてどうだっていいんだ、外でおいしいって食べることが重要なんだ」と教えてくれたので、Bの方でいくことに決めた。「おにぎりも、でっかく握ったやつにかぶりつくのが好きな子と、コロコロおむすびをつまむのが好きな子がいるよ」あ、うち前者のパターンです。

日曜日に買出しに行き、鶏もも肉500g500円、弁当用ウィンナー(赤い)、卵、ブロッコリーミニトマト、リンゴと梨を買う。おむすび山も買う。内容が荒いぶんせめて見た目をかわいくと思って、100円ショップでピック、おにぎり用ホイル(動物柄!)、アルミカップ、ディップカップ、バンダナを3色購入した。

日曜日の夜に鶏もも肉を唐揚げだれに漬ける。月曜日の夜にそれを全部揚げて、夕飯で半分食べ、残りは冷蔵庫にしまった。米は3合研いで朝に炊き上がるようセット。そして今日、冷蔵庫から唐揚げを出してトースターでしばし炙った。フライパンで卵4つ分の玉子焼きを作り、そのあとウィンナーを炒めた。ブロッコリーは沸騰したお湯にしっかり塩を加えて2分強茹で、茹であがったらザルにあけて常温で冷ます。ミニトマトは大きかったので半分に切った。リンゴと梨はひとくちサイズに切った。米におむすび山を振りかけておにぎり10こくらい作る。できたものからタッパーに詰めて、余ったものを朝ごはんに食べた。

弁当にピックを刺して、タッパーにふたをする。おかずタッパーは赤のバンダナ、果物タッパーは黄色のバンダナ、おにぎりはちょうどよい塩梅のかごに入れて黄緑のバンダナで包んだ。なんてフォトジェニック。保冷剤と一緒に保冷剤バッグに入れる。ここまでで2時間は遅いのかそうでもないのか、わからぬが時間通りに出発することができたからまあよかった。

お弁当はおいしかったからさらによかった。

娘はうまいうまいといって“でっかく握った”おにぎりにかぶりついてばかりで腹がふくれてしまったので、次回はコロコロおむすびにしてみようかなと反省点はそれだけです。はらへった。

短歌の目8月 投稿します

夏のあいだじゅう材料を集めたつもりだったのに、組み立てる頃には秋になってしまった現象。毎月ギリギリの投稿です。今月もよろしくご覧ください。

 

 

 

 

1. 流
この夏のどこかに流れるはずだった水はしぼんだヨーヨーのなか

 

2. 囃
三十五度八分の體温計のアラーム 祭囃子の笛の甲音

 

3. フラット
明石よりみっつフラット 農協の時計は軽油を喰っておごそか


4. 西瓜
夏の子らすぐかわくのであたらしいあたしらしい西瓜ほしいか


5. こめかみ
氷ばかり噛みくだくきみのこめかみに浮いた花びらしまっておいて

 

テーマ詠「怪談短歌」

まだなにも知らない街にも祭りがあり誰かがおどる盆踊りがある

 

今はまだ遠巻きにして見る阿呆 身体揺らして息子の無邪気

 

この街のこの輪の中に入れたらすこしは好きになれるだろうか

 

気がつけば輪の中にいる息子 その踊りはなんだ おまえはだれだ

たとえば重い机をひきずったときのような

2017年8月7日(月) こちらは台風前前前夜

映画『君の名は。』観た。初見だったがあらすじはほとんど知っていて、だけど隕石衝突の場面は心にくるものがあり、町中にサイレンが鳴り響いて防災無線が繰り返されるさまは身近な災害を連想させた。たとえ犠牲者が出なくたって町は壊滅じゃないか、町の人は集団で都内のどこかに(おなじ街のおなじマンションなんかに)避難してきたんだろな、身の回りのものは何も持たずに、置いていかれたペットたち家畜たち…、などに想いを馳せてしまい、終盤はあまり集中できなかった、おかしいね。物語前半はあんなにノリノリだったくせに、途中で空気がザッと変わった、それが最後に再びサッと変わって、そこについていけなかった感ある。エンドロールのあと夫をみたら、彼は泣いていた(要所要所で感動したといっていた)。RADWIMPSよかったね。たぶん繰り返し観たくなる映画だ、といっていた。さて、今のうちに購入してしまうのと毎回ゲオで80円で借りてくるの、どっちが得だろう?

 

 

6月頃やっと保育園に慣れてから笑顔でいってきますができるようになった娘だが、最近は園の玄関で靴を履き替えなくなってしまった。できないんではなくしないのだ。母と離れたくないのはわかる。けれども玄関先で15分も履くの履かないの押し問答し、仕事に遅刻するかもという焦りと、「はやく履かないと天狗が来るよ」などとさんざん脅しまくって可哀想かなという気持ち(効果はない!)、ほかの保護者からどう見られてるんだろうという自意識(ムダなというのは存じております)、ここが家ならちょっと大声出して叱ってみるし、外出先なら泣こうが喚こうが抱きかかえて無理矢理連れていくことも出来ようが、保育園だし毎朝笑っていってきますしたいし、などとひとりでイリイリしているとよそのお友達とお母さんがきて、「あら~娘ちゃん靴が履けないのね、一緒に応援してあげる、ほらがんばれがんばれ」と言われると娘はすぐに靴を履きやがって、そのお友達と手を繋いで走っていってしまった。わたしはなんか情けなくって、もうその場でコンタクトがずれてしまったよね。そのお母さんの顔も担任の顔もろくに見れないまま園を出て、通勤の車の中で盛大にコンタクトがずれた。そんなかんじで先週の水曜の午前中わたしはとっても落ち込んでいて、たとえば同僚の何人かは朝から機嫌が悪くこちらがなにか聞く前に「今朝は子どもと喧嘩してきた、ああイライラする」と言ったりするけど仕事場では切り替えろよな、と思ったこともあったけど、それってこういうことだったんだ、全然気持ちが切り替わらなかった。

昼休みは珍しく先輩と二人きりで、よく喋る先輩だから息子の部活の話題などをふると案の定よく喋った。けれどもその話を掘り下げていくと、息子は部活の顧問と相性が悪く過小評価を受けているようで悔しい、みたいな流れになって、えっ先輩ちょっとコンタクトがずれてる? そこでわたしは話の舵を大きく右に切った。

子どものことで心が動いてしまったり、たとえ他人の前でコンタクトがずれてしまったって、それはしょうがないことなんだ、重い机をひきずったときのようないやな手応えと疲労感があったとしても、それも日常なんだ。

次の日は無理矢理靴を履かせるという強硬手段に出たので娘は園の玄関先で突っ伏して泣きわめき、困っていたところに担任が通りかかって「あとはいいのでお母さん仕事に行ってください」と言ってくだすったので助かった。園の玄関で転がって泣き喚く子どもは今まで見たことなかったので動揺して、ちょっとコンタクトずれそうになった。子どもが泣いたまま先生に引き渡したらなんか悪い気がしてたけど、先生の対応が温かくてそこでコンタクトがずれた。

その次の日は、もうギリギリまで付き合ってやるぞと楽な気持ちで向かったところ、あんがいすんなり靴を履いてゴキゲンでいってきますができたので、もうなにが正解かわからない。この日コンタクトはずれなかった。