渡辺翁

2016年1月29日 くもり 急激に食欲が増す

お客様、お忘れ物がございます。

忘れ物には「○○村 渡辺 電話番号×××-××××」と明記してあったので電話をかけると、春までとっておいてくれ、という気の長い返事が返ってきた。春までってなんだそりゃ、こちらで預かってますから早いとこ取りに来てくださいよ。電話を切ってしばらくすると古い型式のカブに乗った渡辺翁が忘れ物を取りに来た。わたしはこの翁を知っている。

「今年は雪は降らないよ」と渡辺翁が宣言したのは昼の陽射しがまだ暑かった10月のことで、彼は茶色い長袖のポロシャツを着ていた。カメムシが少ないとか秋野菜が豊作だとか、そういう“兆し”みたいなものでもありましたか?いいやそんなんじゃない、おれが降らないと言ったら降らないのだ、そうじゃなきゃカブに乗れなくなるからね。そんな会話をして去っていった渡辺翁、御年80有余年。カブは自転車みたいな速度で乗り回すから安全だと言っていた。

カブの爺さん、春まで取っておいてくれと言ったのは雪道を運転できなかったからだった。ところが今日の天気はくもり、路面の雪は融けきって、道路はカラッカラに乾いている。路肩のところどころや空き地の一部に雪が残っている様はまるで春のはじまりのようだった。この冬の雪は正味一週間も降っていないのではなかろうか。それで車庫からカブを引っ張り出し、トコトコやってきたらしい。カブ乗りたさに雪を降らせないそんな渡辺翁は春の妖精。1月の勤務は本日で終了です。