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そんな夜だった

日記
2016年9月7日(水) おおむね晴れ 夜になり気温が下がる

今日は集まりがあって終わったのは夜九時、そこから20分かけて上司を家まで送った。上司の家は山沿いにあり、街灯のほかには一つ信号があるだけの田んぼ道を緩やかに登っていく。ただでさえ方向感覚がないのに夜だからなおさら、どこを走っているのかわからずに、まっすぐ進めとかあのカーブミラーで曲がれとか、言うとおりに車を運転した。

「この辺あんまり来ることないんですけど、これとってもいい雰囲気の神社ですね」

まもなく上司の家だという山のふもとには神社があった。そこだけ手入れされた杉の木に囲まれて、赤い鳥居がある。朱い鳥居の上には階段が続いていて、朱い鳥居の下には朱い橋が架かっている。“いい雰囲気”とはつまり古いってことを言いたかった。古くてなんか怖そう。

「いやぁ、ただでかくて古いだけでよう、宮司もいないんだぜ。階段上らなきゃ宮にも行けねんだ。宮なんて無駄によっつもあってよう、雨漏りだの草刈りだの手がかかるんだ。おれはそのうちひとつずつたたっ壊そうと思っててよ」

酒が入った上司は罰当たりなことを言う。

「そこ左に行ってすぐが俺んちだから」

上司の家は神社からすぐのところだった。酒飲みの熱気と夜の涼しさのせいで、わたしの狭い軽自動車のフロントガラスは薄っすらと曇りはじめている。上司を降ろしたら換気しよう、と思った。

「それじゃあ今日はお世話様でした」

やれやれ、そして少し車を動かして、わたしは気づいたのでした。

この窓ガラスの曇りって、これ手型じゃね?

 

それではお聞きください、ボブ・ディランで『風に吹かれて』、フロム・カー・ステレオ。


Blowin'The Wind ボブ・ディラン 風に吹かれて

 

夜風に吹かれてフロントガラスの曇りがなくなっていく、しかし右上にあるのは、どう見ても、見れば見るほど、手型だった。

そこでわたしは平静を保ち、まずミュージックを変えた。それから敢えてバックミラーをチェックして、車の後部を気にすることで背後を気にしていないことをアピールした。そうして通りかかった信号は赤だったので、ティッシュを取り出して窓ガラスを拭いた。ゴシゴシこすると手型は消えた。

内側から付いてるよこれぇ…

そこでわたしは平静を保ち、保ち、保ち、市街地まで戻ってきたところで思い出した。こないだ車内で蚊をたたっ殺したんだったなって。そんな夜だった。