タイトル無題

2018年3月5日(月) 春が来ました

渡部くんが転職すると聞かされたのは、2月の半ばころだった。ある日の朝礼で、支店長が華々しく発表した。渡部くんは3月末をもって退職し、4月からは市役所に転職します、みなさん、渡部くんの新しい門出をお祝いしましょう。一部の同僚を除いて皆が初耳だったらしく、朝礼が終わったあとの渡部くんには様々な声が掛けられた。もちろんわたしも声を掛けにいった。「とつぜんの報告でびっくりしたよ、渡部くんがいなくなるのは寂しいなあ」。渡部くんも、「僕も寂しいです」と返してくれた。「市役所でもがんばってね」「ありがとうございます」。それでその場は終わり、各自の持ち場に戻ったんだけど、ちがうんだよ、わたしは渡部くんと話したいことがもっとたくさんあった。

 

今の支店にわたしが配属されてから間もないある日、渡部くんは短歌を詠むと言った。

時をかける短歌

それからはわたしの片想いで、渡部くんといつ短歌の話をしようか、どうやって切り出そうか、日々チャンスを狙い、飲み会とあらば酒がまわったころを見計らって隣に座ったりした。「渡部くん最近短歌詠んでる?」「いやー、最近は詠んでないです。かずさんは詠んだりするんですか?」「詠むけど恥ずかしいから教えないよ」「えぇ(困惑)」まいどこのやりとりの繰り返しで、一向に先に進まなかった。

いや、一度だけ、お互いの短歌を見せ合ったことがある。酔っぱらっていたけれどもあれは勇気が要った。わたしは渡部くんの短歌を見て「ふーん」と思ったし、渡部くんはわたしの短歌を見て「へえ、いいんじゃないですか」と言ってくれた。それだけ。

渡部くんは歌集も貸してくれた。たくさん貸してくれた。わたしはその行いに感動して、返却はバレンタインにかこつけてチョコレェトも添えて渡した。渡部くんは「こんなことしてもらっちゃ悪いです」とたいそう遠慮したけれど、「またいいのがあったら貸してあげますね」と言ってくれた。わたしは歌集など自分では購入しない人だったので楽しみにすると同時に、自分が選んだ歌集を他人と貸し借りするのもいいもんだな、と思ったものだった。その後、歌集のやりとりは、ない。

それが去年のはなし。

職場という場所で、自分と同じものが好きな人と出会えたのが嬉しかった。その人の日常を知っているから、どういう短歌を詠むのかすごく気になった。こんな別れがくるんだったら、もっとちゃんと短歌のこと話せばよかった。もう二度と歌集を貸し借りすることはなく、そしてお互いに短歌を見せ合うこともなく、まもなく渡部くんは退職してゆくのでしょう。そしてもう会うことはないでしょう、さようなら、、、

 

ところで数年前のはなし。

別部署の先輩と飲み会で同席したとき、同じ音楽が好きと知ってぐっと親近感がわいた。どうやらわたしは、『自分が好きなものを好きな同僚』を好きになる傾向がある。こんな職場に同好の士などいるわけないなんて期待していないぶん、士を見つけたときの喜びが大きいのだろう。それで次に会ったとき、先輩は仙台に行ったお土産だと言って、タワレコで買ったCDをくれた。

フォグランプ

フォグランプ

 

 わたしはとても嬉しかった。たとえそれが、すでに自分が購入したCDと同じものであったとしても、嬉しかった。仙台でわたしを思い出してくれたこと、わたしが好きだといったものを探してくれたこと、買ってきてくれたこと。そのCDはビニールを着けたまま大切に保管して、引っ越しの際にゲオに売った。

 

なぜそんなことを思い出したかといえば、わたしは渡部くんのお別れの日に本を送ろうと考えていて、 

短歌タイムカプセル

短歌タイムカプセル

 

これです。急に本などもらっても(しかも単行本サイズだよ)迷惑かしらとか、すでにこの本持っているんじゃないかとか、ためらったけど、CDくれた先輩のエピソードがあるから渡すことにした。わたしからの記念にもらってくださいという気持ち。渡部くんの好きな俵万智も載っているぞ。そして市役所勤務となる渡部くんに、若い人が短歌で集えるイベントを企画してくださいとお願いする。文化事業部課長とかになればできるかな。そのときにまた、お会いしましょう。