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プラスチックの卵焼きはプラスチックのたくあんに酷似していた

日記

2016年7月18日(月) 朝のうち雨のちくもり もうすぐ満月

今日も今日とて不幸騒ぎで、わたしは喪服を着て線香の匂いの中にいながら、今まで世話になったことのある親戚や世話にならなかったけど人生でなにかしら接点のあった親戚のことなど考えていた。線香の匂いの中といいつつそれに気づいたのは帰宅してからで、あ、自分線香臭いなと、それは最近よく使う蚊取り線香の匂いとは違っていた。

わたしが最初で最後の弔辞を読んだのはひいばあちゃんの葬式で、一緒にままごとしてくれてありがとう、ままごとの卵焼きがおいしかったです、みたいなことを述べました。そんなことを思い出しながら、ままごとの卵焼きってそういやまだ実家にあったな、このあいだ娘が遊んでたな、そんなことを思い出しながら、あのプラスチックの卵焼き(プラスチックのたくあんに酷似していた)にはひいばあちゃんとばあちゃんと母親とわたしと娘の、なんと五世代にわたる指紋が付いているのか、そんなことを思い出すと感慨深いものがある。お葬式とは送る人のためにあるのだなあと、最近つくづく思います。