特に命日とかじゃないけど思い出したから書く

2019年7月22日(月)くもり時々はれ 油断すると暑い

去年の秋、じいちゃんとばあちゃんが死んだ。哀しいし寂しかったけど、大往生だったし二人連れ立って旅立ってくれたので親族一同和やかに見送ることができた。

さきに体調を崩して入院したのはじいちゃんだが、さきに死んだのはばあちゃんの方だった。ばあちゃんの臨終間際はじいちゃんも別の病院からかけつけた。ほんとうに間際だった。間に合ってよかった。よかったのかどうか、本当はじいちゃんの負担だったのかもしれないが、じいちゃんも死んでしまったのでわからないな。とにかく家族みんなで見守った。わたしはずっと、ばあちゃんの手を握っていた。わたしの手はいつでも温かいから、熱は移ってばあちゃんの掌も温かかった。遅れて到着したじいちゃんに「じいちゃん、ばあちゃんの手を握ってやって」と握らせると、じいちゃんは「おぉ、まだ温かいっちゃや…」とばあちゃんを励ますのだった。でもそれは実はわたしの熱だ。温めていないとばあちゃんはすぐにつめたくなった。じいちゃんに、まだばあちゃんが温かいうちに間に合った、と思わせてあげられてよかったと思う。

ベランダがあります

2019年7月8日(月)晴れ 七夕から一夜明けた今日のこと

先日、客の家に行ったらそこんちで車庫と呼ばれる建物が我が家くらいの大きさでなんかかなしかった。夕方だったので奥さんが台所で肉を焼いていた。牛肉の匂いだった。そばのダイニングテーブルには中学生くらいの息子が座っていて、奥さんと部活の話をしていた。夕方に家族が家にいて夕飯の準備ができる奥さんのことをわたしはうらやましく思う。しかも夕飯は牛肉だ、平日なのに。

客の家の車庫にベランダはなかったが我が家にはベランダがあります。今までは物干し場としてしか使ってこなかったけど、ここにすのこを敷き、座椅子とテーブルを置いたら素敵なんじゃないかと考えている。高さのある椅子だと近所から丸見えだから座椅子だ。夜、子どもを寝かしつけたわたしはベランダに這い出して、音楽を聴いたりスマホを見たりする。なにかのきっかけで近所の人が我が家のベランダを見たとき、スマホの明かりがボンヤリとそこにある(怪しい)。

無題

2019年5月26日(日)晴れ 扇風機出した

仲良くなった同期のmixiミクシィ!)を教えてもらったとき、『趣味:妄想』て書かれてたことがあったっけな。趣味妄想ってけっこう聞くが、どんな妄想ですか。わたしはそれを妄想する。

きょう車のタイヤ交換に行き、スタッドレスから夏タイヤに替えてもらった。待ってる間に店内を眺めていると、小さなガラス細工がいくつか飾られてあることに気づく。「もし、わたしが、受付のスタッフさんと秘密の恋をしていたら…」、友人とちょっとした日帰り旅行に行った先でちょっとしたガラス細工をこっそり購入し、この秘密の恋人に渡す。恋人はひそやかに喜んで、店内のガラス細工にまぎれこませるようにしてわたしのお土産を飾るのだ。そして日々の仕事をこなしつつ、ときおりガラス細工たちのなかからわたしのあげたものを探してください。やがて雪の降る頃わたしはまたタイヤ交換に行く。そこで待たされている間に例のガラス細工をみつけて、「あ、これまだ飾ってくれてたんだ」と思う。「次のシーズンはスタッドレスタイヤの購入を検討してください」と店員は言った。

帰宅してミニトマトを点検する。第一花房には小さな実がふたつ、花がたくさん、第二花房にもいくつか花が咲きはじめていた。順調だが、葉に勢いが感じられずすこし心配だ。ミニトマトは毎年プランターに植えているが、大収穫は最初の年だけで、あとはたいがい枯れてしまった。水のやりすぎが原因だった年と水不足で枯らしてしまった年が交互にある。去年の実績からいくと今年は水のやりすぎでだめにしてしまう年なので、水はあげすぎないように気をつけていた。水やりは土がカラカラに乾いてからで充分、と同僚が教えてくれたので土の状態をチェックしているが、これがなかなかどうして乾かない。毎日こんなに暑いのに!もしかして誰かが勝手に水をかけてくれているのかも、とハッとした。プランターは通りに面した庭先に置いていて、すぐ近くに水道もある。うちの前を通るたびに元気のないミニトマトを目にする通行人が憐れんで、水をかけていくのかもしれない。柵とか立看板(水をあげないでください)とかしたほうがいいのかな、と思ったとき、かくてもあられけるよ、と斉読した高校の授業風景が蘇った。

無題

2019年5月19日(日)晴れ 洗濯を2回する

月明かりの眩しい夜でした。わたしと娘が横になると、ちょうど目のあたりに月光が当たって、「まぶしいね」、眩しくても我慢して寝ろ、というやりとりがある。

「ねえ、どうして月は丸くなったり半分になったりするの?」

わたしはヨッシャと思った。子どもから、どうして空は青いの、どうして海には水があるの、と聞かれてみたいと思っていたから。科学的根拠に基づいてできる限りわかりやすく説明したろと思っていたから。だから月の満ち欠けについてはりきってしゃべりだしたが、すぐになんと言っていいのかわからなくなった。理科の授業が思い出せない。わかんないから明日パパに教えてもらお、とごまかした。

ふと隣を見ると子は目を見開いて、こちらを見てニタニタ笑っている。月明かりは眩しく目玉を光らせているが、表情筋が影を落としていて怖かった。顔がこわいと思わず言ってしまった。「つまんねえこというからわらっちゃったよ」、思ったより低い声で返事が帰ってくる。それから「ねえ、あやつり人形って知ってる?」と言うと、あくびをして寝てしまった。

新社会人なんて二度と嫌

もうすぐ4月1日がやってきて、新社会人の心労はいかばかりかと思う。我が社でも人事異動が発表されて、我が支店には18歳の女の子がやってくることになった。18だぜ。

わたしが新採で配属された支店には同じ年代の女性はいなくて、会社ってこういうものかなと思いながら粛々と業務にあたった。当時のわたしと年の近い先輩は10歳離れていたのでたいそう恐縮しながら接したものだったが、しかし今にしておもえば10の年の差なんて大したことない。わたしは10コしたのヤツにも平気で敬語を使う。だから新人もあんまり恐縮しないでくださいと言いたい(あんまり舐めないでくださいとも言いたい)。

本店で入社式をして翌日はじめて支店に向かったとき、本当の手ぶらで行ってしまって、先輩がひとつひとつ備品を与えてくれたことを覚えている。ボールペン、消しゴム、ホチキス…。シャチハタは今日の帰りに買っておいてね。次の日、わたしはフセンに買ってきたシャチハタをおして、セロテープでボールペンのキャップ部分に巻き付けた。そしてそのボールペンをかれこれ12年使い続けた。

 

芯を替えようとも、本体とキャップは同じものを使い続けた。いつしか名字も変わり、貼り付けたセロテープはとっくの昔に黄色くなったが、新しいものにしようとは思わなかった。いや、思わないこともなかった、ときどき重心や太さの違うペンを使うと自分の字が上手くみえるときがあって、そういうとき、自分にピッタリのペンを買い求めてみようと思うこともあった、けど、字の上手な同僚がこの三菱ボールペンSA-Rを使って教科書みたいな字を書いているのをみて、弘法筆を選ばずとはよく言ったものだなあなどと思いながらこれを使い続けるのだった。

ところが、一年ほど産休をとってから復帰してみると、会社の備品から三菱ボールペンSA-Rが外され代わりによくわからん芯の細くて書き心地も頼りないやつが新たなスタンダードとして備品リストに入っていて、まるで浦島太郎状態ではありませんか。わたしは急いで、余っている三菱ボールペンSA-Rの替芯や、そのへんに転がっていた三菱ボールペンSA-Rの本体から芯だけを抜いて、机の中にストックした。気がつけば周囲の同僚はだれも備品のペンをつかっておらず、各々こだわりのペンを用意しているらしかった。いちばん多いのはジェットストリームだったが、わたしはあのわざとらしいヌルヌルとした書き心地があんまり好きではない。それにジェットストリームのインクは一年も経つと伝票上でボンヤリ滲んでしまって、それを見つけるたびにムム、ジェットストリームめ、となる。しかしストックの三菱ボールペンSA-R替芯もついに先週切れてしまって、わたしは今ボールペン難民である。仕方がないからナントカ保険会社だのナントカ温泉だのの名前が入ったボールペンを使っているが、客の前だと恥ずかしいので早くなんとかしたい。一番マトモなのは自分に合ったボールペンを見つけて買うことなのでしょう、けれどもわたしは会社の伝票は会社の備品のボールペンで書きたいという妙なこだわりがあることがこの度判明したので、三菱ボールペンSA-Rの替芯を自分で買って、黄色いセロテープが巻き付いたあのボールペンを使い続けるかもしれない。これは新人に舐められるかもしれませんね。

卒園おめでとうって伝えたかった

2019年3月24日(日)雪

子の保育園にはスール制度があって!、去年の一月頃、彼女は病み上がりの時期に魔の3歳児期など重なってかなり不安定だったのが、年中組のお姉さま『ゆづきちゃん』に日々面倒を見てもらってるうちに楽しくやれるようになった。会話の中にしょっちゅう「ペアのゆづきちゃん」がでてくるようになり、ごはんを一緒に食べてくれたり、集団行動で遅れを取ったときにフォローしてくれたりするらしかった。親子遠足のときに我が子にばかりおやつをたくさんくれる女の子がいて、あの子だれ、ときいたらゆづきちゃんだという。おおゆづきちゃん娘がいつもお世話になっております、というかめっちゃ可愛い子でびびった。ゆづきちゃんとのペアは年度をまたいでも継続したようで、運動会のプログラムで手をつないで一緒に走ったりしていた。どうだいゆづきちゃん、うちの子もマアマア成長したでしょう。子もゆづきちゃんと対等に走ることができて誇らしげにみえた。そんなゆづきちゃんも卒園だ。卒園式も終わってしまった。卒園式どうだった、ゆづきちゃんいなくなると寂しい?と聞いたが、子は「ヨクワカンネ」みたいな平常運転だったので安心した。切り替えが早いのが子の良いところで、そういえばプリキュアもわりとすぐに新しいのに馴染んだ。もしゆづきちゃんに会えれば卒園おめでとう、今までありがとうと伝えたかった。

 

 

寝る前に子とのトークタイムを設けていて、給食なんだったとかオカワリしたかとか一日のことをしゃべる。よくしゃべるしかわいいので、あー、娘ちゃんのこと大好きだよ、というと、カカはどうしてわたしのこと大好きなの?、という。そう言われると困ってしまうというか理由をつけたくないので、顔が好きだから、と答えることにしている。あとカカから産まれたカカの子だからだよ。すると子はフーンわたしトトから産まれたかったなと言ったので笑ってしまった。そういえばさ、産まれるときのことおぼえてる?と子にたずねると、ヘソの緒を切られるとき痛かったから泣いた、と返ってきてコイツ頭いいなと思ったりした。

 

咳がひどくて眠れぬ夜です

2019年2月17日(日)くもりときどきはれときどき雨ときどき雪

咳がひどくて眠れぬ夜を過ごしている。わたし風邪などはたいてい大ごとにならずに終わるのだが、咳ばかりが毎回しつこく残る。一昨年の春に地獄を味わったときは三日三晩夜も眠れず、しまいには肋骨が折れた。まあ骨折の診断は下りなかったけども折れたということにして、それを教訓として早い段階で医者に行くようにしている。この度もわたしは咳が長引くんです、肋骨が折れたこともあるんです、だからよく効く薬をください、と訴えると、医師(推定85)はあなたにはもったいないくらいのいい薬を出しましょうと抗生物質を処方してくれた。抗生物質ありがてぇ。おかげで喉の痛みは二日目で消えた。ただしこいつを飲むと副作用で味覚異常になる。仕方ないから期間中の味見はすべて夫に任せた。

加えて今回は聴覚障害も出たと思う。薬が効きはじめた頃から、いつも職場で聞こえているアラーム音や車で聴く音楽がなんか半音低いみたいに聴こえる。まあ薬が抜ければそれも治るだろうと思っているのだけど、なんとなく副作用について調べても聴覚障害の表記がなかったので、ここにこういう人がいますよ、という気持ち。

副作用にはほかに「ラ音」というのがあって、ドレミでいう「ラ」の音が幻聴みたいに聞こえるのだと思ってちょっとロマンを感じた。基準音と呼ばれる「ラ」の音が幻聴になるなんて! しかし調べたら違った。

ラッセル音ともいう。気管,気管支,肺胞,肺空洞などに分泌物や血液がたまって,呼吸のときなど,空気との接触で発する異常音。聴診器で聞く。乾性ラ音,湿性ラ音,大・中・小水泡音,捻髪音,有響性,無響性ラ音など,いろいろに分けられる。ラ音(ラおん)とは - コトバンク

 

まあそうですよねという感じ。

ふだん横を向いて眠りに入るところ、この姿勢だと咳がめちゃくちゃ出るので仰向けになって寝ることになる。すると必ず悪夢で目が覚めるので、わたしにこの姿勢は合ってないんだろう。最近の悪夢は必ずGANTZの夢で、GANTZをちゃんと読んだことないのに深層心理にどんな影響を及ぼしているというのか。