映画プリキュアを観に行きました。

2018年10月28日(日)くもりときどき雨

映画プリキュアを観に行きました。公開2日目にして朝イチの回なんてわれわれにとっては異例の機動力。もちろん子どもが観たがったからです。毎週楽しみにしているプリキュア、そこでバンバン映画の宣伝をしているのだから映画館に行きたがるのも当然であろう。映画がなんたるものかもわからず、なんならプリキュアという存在だってここ数ヶ月の保育園の女子コミュニティのなかでようやく認識してきたみたいな、そんな熱の高まりの中で毎日のように「ぷりきゅあ行きたい」「ぷりきゅあの映画観たい」「ぷりきゅあの映画の予告見せて」そしてスマホが熱くなるまで予告動画を見せる羽目になるのでした。だから夏に前売りチケット買ったときはすごく喜んじゃって、それからしばらくは折り紙で『チケット』という作品を作ってばかりいた。

それで今朝は日曜にもかかわらず早起きして、8時半からのプリキュアはしっかり観て、9時に家を出た。わたしは9時半からのルパパトをたいそう楽しみに最近は生きているのだけど、親としてそこは譲ってやった(しかも来週はお休みとな泣)。夫も仮面ライダーを諦めた。

さて、劇場での子は、楽しんだようなそうでもないような、案外冷静に映画を観賞したようだった。この子けっこうそういうところあるなというのが最近の発見で、こちらとしてはもっと楽しんでるとこ見してみぃと思うのだけど、あとになって「面白かったね」何度も思い出しているあたりでそれでいいのではないかなと思っています。照れてるのかな、しかしその気持ちもわかるぞう。反対にわたしのほうはどんどん涙もろくなっていき、オープニングからすでに目頭熱く、毎週見ているあのプリキュアがスクリーンで!という感動があった。

わたしは映画館で映画を観ることはほとんどなくて、最後に観たのはいつだったかな…?そんなだから今回のイベントはとてもわくわくしたんだ。しかも娘と行くという、子どもが大きくなったら一緒にショッピングしたりー、カフェに行ったりー、という漠然とした妄想みたいなものがひとつ叶えられた気がして嬉しかった。夫の小さい頃はおとーさんとよく映画に行っていたらしくて、そういう思い出を子にも作ってあげられるかなと思ったのでした。

無題

ばあちゃんと海に行ったよ。バスに乗って行ったよ。バスは後ろの席に座ったよ。ある夏の日だった。ばあちゃんは白いストッキングを履き、白い日傘を差していた。海岸沿いのとある温泉街でわたしたちはバスを降り、白い砂浜に向かってあるき始めた。途中に親戚の雑貨屋があり、ばあちゃんはわたしに保冷剤と、ジュースやおやつなんかを買ってくれた。保冷剤にはちびまる子ちゃんが描いてあった。連載初期の頃のイラストだった。
海岸に着くと、ばあちゃんは日傘をそばに置いて砂浜に腰をおろした。浜は静かだった。わたしも隣に座って、さっき買ってもらったジュースやおやつを、ばあちゃん開けてとお願いした。ばあちゃんがおやつを開けているとき、少しの海風が吹いて、
「あ」
ばあちゃんの日傘をたちまち海に運んでしまった。わたしは慌てて追いかけたけど、自分のつま先すらも海水に濡らす根性はなかった。わたしの目の前で日傘はさらに沖へと飛ばされ、ぷか、ぷかと浮かんでいるかと思ったら間もなく沈んだ。

祖母はそれから長い間このエピソードを大切にしていて、「あんたとふたりで海に行ったとき、日傘が飛ばされてねえ」と楽しそうに話すことがよくあった。そんな昔のことよく覚えているなと言いながら、わたしだって鮮明に覚えている。あのときわたしゃ結構ショックだったんだよ、祖母の日傘をあんなふうに失ってしまったこと。自分が日傘をおさえていれば、とか、まだ浅瀬にあるうちにひろいにいけばよかった、とか。しかし祖母は、そうやって打ちひしがれたわたしすらも可笑しいと思ってくれているようだった。ばあちゃんがこのこと忘れないでいてくれてよかった。

無題

2018年9月24日(月)中秋の名月(くもり)

眠る前の子が、「ねー、今日は長いお話して」という。いいよ、今日はお風呂も歯みがきもさっさと終わらして、いつもより早い時間にお布団に入ったからね。

 

アンパンマンアンパンマンアンパンマンのおはなし』。


あるところにアンパンマンがいました。ある日アンパンマンがパトロールしていると、エーンエーンと泣き声が聞こえました。どうしたんだい、と近づくと、そこにいたのは、だれだと思う?
「えーと、カバオ?」
そこにいたのはアンパンマンでした。アンパンマンは、エーン、道に迷っちゃった、パン工場に帰れないよう、と泣いていました。アンパンマンは、それは困ったね、ぼくの顔をお食べ、パン工場に連れて行ってあげよう、と言って、顔を半分あげると、アンパンマンとふたりでパン工場に向かいました。
二人がしばらく行くと、おーい助けてくれー、と呼ぶ声が聞こえました。どうしたの?と近づくと、だれだと思う?
うさこちゃん?」
そこにいたのはアンパンマンでした。アンパンマンは、マントが木に引っかかって降りられない、助けてください、と言いました。アンパンマンは、それは大変だ、と言って、アンパンマンと協力して木から降ろしてあげました。それから顔を半分食べさせてあげました。
アンパンマンアンパンマンアンパンマンがしばらく行くと、うわあ大変だあ、という声が聞こえました。アンパンマンが様子を見に行くと、だれがいたと思う?
「ちびゾウくん…」
そこにいたのは、なんと、アンパンマンでした。アンパンマンは、海に入ったら顔が濡れて力が出ない…、と困っていたので、アンパンマンは顔を半分あげました。
アンパンマンたちがもうしばらく行くと、困ったな、困ったな、という声が聞こえました。だれ?
アンパンマン!」
そう、アンパンマンです。アンパンマンは、お腹が減って力が出ない、というので、アンパンマンは顔を半分あげました。
さて、アンパンマンたちは顔が欠けて力が出ないので、パン工場で新しい顔を焼いてもらうことにしました。やっとの思いでパン工場につくと、辺りにはパンの焼けるいい匂いがただよっていました。
アンパンマン、ご苦労さま。もうすぐ新しい顔が焼けるよ」
ジャムおじさんがそういった途端、チーンと音がして、おいしそうなアンパンマンの顔が焼けました。ところがです。焼きたてのアンパンマンの顔は、ひとつしかありません。アンパンマンたちは、それは俺のだ、いいや僕のだ、君は最後だ、と争いはじめてしまいました。ジャムおじさんが、アンパンマン、ケンカはよくないよ、と言っても、だれも言うことを聞きません。ジャムおじさんもバタコさんも困ったな、困ったな、と困っていると、おーいケンカはやめるんだ、と声が聞こえてきました。だれ?
「アン!パン!マン!」
正解!『おしまい!』

今日のお話どうだった?と聞いたら、子はひとこと「長かった」と言って寝た。

無題

2018年9月23日(日)晴れ

ある雨の日、保育園からの帰り道、いもうとは写真屋の看板の影に打ち捨てられたぬいぐるみを見つけた。汚いから拾わないでと母親は言ったが、家に着いてからもぬいぐるみのことが気がかりだった彼女は泣いて母親に頼み込み、結局はわたしと三人でまた雨の中、ぬいぐるみを拾いにでかけた。ぬいぐるみはそのままの姿で看板の影にあった。いもうとはそれを拾うと、ええと、そこからの記憶がない。そのあと母親がぬいぐるみを洗濯し、それはしばらくの間、見せしめのように茶の間の壁に吊るされて干してあった。キツネのぬいぐるみだったのでコンちゃんと名付けられた。当初はマスクをしていたので風邪ひきのコンちゃんだったのかもしれない。マスクは初期の段階でどこかへいってしまった。コンちゃんはいま娘が可愛がっている。
拾いたがりのいもうとが我が家のねこを拾ってきたのも5年前の雨の日だった。後先考えずに拾ってくるのは彼女の尊敬したいところのひとつ。あいつ猫アレルギーのくせしてよく拾ってきたな。ありがとう。
写真屋は先月店仕舞して、長らく店先にあった看板もなくなっていた。

タイトル無題

2018年3月5日(月) 春が来ました

渡部くんが転職すると聞かされたのは、2月の半ばころだった。ある日の朝礼で、支店長が華々しく発表した。渡部くんは3月末をもって退職し、4月からは市役所に転職します、みなさん、渡部くんの新しい門出をお祝いしましょう。一部の同僚を除いて皆が初耳だったらしく、朝礼が終わったあとの渡部くんには様々な声が掛けられた。もちろんわたしも声を掛けにいった。「とつぜんの報告でびっくりしたよ、渡部くんがいなくなるのは寂しいなあ」。渡部くんも、「僕も寂しいです」と返してくれた。「市役所でもがんばってね」「ありがとうございます」。それでその場は終わり、各自の持ち場に戻ったんだけど、ちがうんだよ、わたしは渡部くんと話したいことがもっとたくさんあった。

 

今の支店にわたしが配属されてから間もないある日、渡部くんは短歌を詠むと言った。

時をかける短歌

それからはわたしの片想いで、渡部くんといつ短歌の話をしようか、どうやって切り出そうか、日々チャンスを狙い、飲み会とあらば酒がまわったころを見計らって隣に座ったりした。「渡部くん最近短歌詠んでる?」「いやー、最近は詠んでないです。かずさんは詠んだりするんですか?」「詠むけど恥ずかしいから教えないよ」「えぇ(困惑)」まいどこのやりとりの繰り返しで、一向に先に進まなかった。

いや、一度だけ、お互いの短歌を見せ合ったことがある。酔っぱらっていたけれどもあれは勇気が要った。わたしは渡部くんの短歌を見て「ふーん」と思ったし、渡部くんはわたしの短歌を見て「へえ、いいんじゃないですか」と言ってくれた。それだけ。

渡部くんは歌集も貸してくれた。たくさん貸してくれた。わたしはその行いに感動して、返却はバレンタインにかこつけてチョコレェトも添えて渡した。渡部くんは「こんなことしてもらっちゃ悪いです」とたいそう遠慮したけれど、「またいいのがあったら貸してあげますね」と言ってくれた。わたしは歌集など自分では購入しない人だったので楽しみにすると同時に、自分が選んだ歌集を他人と貸し借りするのもいいもんだな、と思ったものだった。その後、歌集のやりとりは、ない。

それが去年のはなし。

職場という場所で、自分と同じものが好きな人と出会えたのが嬉しかった。その人の日常を知っているから、どういう短歌を詠むのかすごく気になった。こんな別れがくるんだったら、もっとちゃんと短歌のこと話せばよかった。もう二度と歌集を貸し借りすることはなく、そしてお互いに短歌を見せ合うこともなく、まもなく渡部くんは退職してゆくのでしょう。そしてもう会うことはないでしょう、さようなら、、、

 

ところで数年前のはなし。

別部署の先輩と飲み会で同席したとき、同じ音楽が好きと知ってぐっと親近感がわいた。どうやらわたしは、『自分が好きなものを好きな同僚』を好きになる傾向がある。こんな職場に同好の士などいるわけないなんて期待していないぶん、士を見つけたときの喜びが大きいのだろう。それで次に会ったとき、先輩は仙台に行ったお土産だと言って、タワレコで買ったCDをくれた。

フォグランプ

フォグランプ

 

 わたしはとても嬉しかった。たとえそれが、すでに自分が購入したCDと同じものであったとしても、嬉しかった。仙台でわたしを思い出してくれたこと、わたしが好きだといったものを探してくれたこと、買ってきてくれたこと。そのCDはビニールを着けたまま大切に保管して、引っ越しの際にゲオに売った。

 

なぜそんなことを思い出したかといえば、わたしは渡部くんのお別れの日に本を送ろうと考えていて、 

短歌タイムカプセル

短歌タイムカプセル

 

これです。急に本などもらっても(しかも単行本サイズだよ)迷惑かしらとか、すでにこの本持っているんじゃないかとか、ためらったけど、CDくれた先輩のエピソードがあるから渡すことにした。わたしからの記念にもらってくださいという気持ち。渡部くんの好きな俵万智も載っているぞ。そして市役所勤務となる渡部くんに、若い人が短歌で集えるイベントを企画してくださいとお願いする。文化事業部課長とかになればできるかな。そのときにまた、お会いしましょう。

満月の夜にひとり

2017年12月3日(日)雨 気温は高め

満月の夜にひとり家にいる。いや実際はひとりではなかった、ネコが薄目を開けてこちらを見ている。目が合ったわたしは同じように目を細めて、それからゆっくりと瞬きをした。「ト・モ・ダ・チ」。

わたしが満月に気づいたのは、先ほどスーパーの駐車場で空を見上げた時だった。あんなに降っていた雨が止んでいる――雷まで鳴っていたのに、と思って空を見上げた時、まるい月が直射月光がわたしに当たって、これからひとりで帰る家のことを思ってすこしさびしくなった、実際はネコがいたわけだけれど。子どもが入院してしまった。いわゆる「風邪をこじらせて」、気づいたときにはRSウィルスのほかに細菌感染を起こし、肺炎と中耳炎になっていた。RSウィルスについては同僚から話を聞いていたのに、「高熱が続いたらもう一度医者にかかったほうがいいですよ」と言われていたのに、土曜日にあるおゆうぎ会のことを思うと早く早く良くなってほしくて、高熱だけど元気だしまあ様子見でいいんじゃね、みたいな態度で実家に預けているうちにとうとう元気までなくなって慌てた母が急患に駆け込んでくれた。即入院になった。それで順調に回復しているからまあ安心なんだけど、今日は夫が泊まり込む番でわたしはひとりで家にいる、実際はネコがいるわけだけれど。

 

 O2の匂いが満ちた病室に日ごと増えゆくレジ袋たち

 

なんか育て方が粗くてごめんねというか、入院したのはだれのせいかといえばやっぱり親が判断を誤ったからで、その結果子どもがつらい目にあってしまうのは大変申し訳なく思う。バタバタしていたから数日前の洗濯物を今日取り込んだのだけど、入院する前に着ていた子どもの服などをながめて「あー」となっている。それから先週のお誕生会の時にもらったばかりのおもちゃが部屋の隅にまとめられているのをみて「あー」となっている。そのままにしておくから早く帰ってきてほしい。

今日は夫が泊まり込む番だけど昨日はわたしだった。こんなときになんだけど、スマホどうぶつの森をインストールしてやっている。こんなときというが暇つぶしに最適で、子どもが昼寝をしているときや夜に寝かしつけをしたあとに簡易ベッドに転がってちょくちょくやっている。簡易ベッド、思っていた以上に簡易で寝た心地がしなかった。目が覚めてしまった夜中などにもやっているが、そうすると見回りの看護師が音もなく入ってきてとても気まずい。いかにも今起きたふうに目を細めて、それからゆっくりと瞬きをする。「ト・モ・ダ・チ」。

肘内障 vol.3

2017年11月18日(土)あめ つよめ

きょう娘と二人で出かけた。娘は初めて訪れた場所だったので始めこそ固まっていたけれど、慣れるとチョロチョロ動きたがった。わたしは屈んで娘の右手を握り、「遊びにくる前にお約束したよね?かかの言うこと聞いてね」とお伝えしたのだけど、そのときわたしの左手にはポキポキッという感覚があったのだった。直後に娘の「痛かったぁー」という叫びそして泣き声。右腕は、力なく下げられている。ああまたやっちまった。腕のなにかが外れた。ホントに癖になったんだな。しかしよく考えてみれば、今回は右腕だ。右腕をやらかしたのは初めてだ。
エレベーターに乗るまで泣いていたけど、ドアが閉まるとほかの乗客を慮ってか静かになった。右手の指をすこし、確かめるように動かしていたのをわたしは見逃さなかったので、よかった折れたんじゃないなと思った。けれど車に戻った途端「娘ちゃん痛かったぁー痛かったぁー痛かったぁー」と泣き出して、そうかぁ他人の前だから痛みを我慢していたのか、あんたも三回目だから痛みに慣れたもんだと思ってたけどそんなわけないよな、痛かったって過去形だけどこれたぶん現在進行形なんだろうな(まだそのへんの区別ついてないんだろうな)、などと思った。
この時点で11時30分で、わたしはまず夜間休日診療所について調べたが、土曜は夜7時からしか対応していないのだった。それから前回連れていった整形外科のことを想い、(前回は結局そこでは治らなかった)、けどもう選択肢がないから急いで電話をかけた。12時までに来たら診ますよ、と言ってくれたので急いで向かって、着いたのは11時55分だった。
病院でも大泣きしていたので、スタッフの方が先生にすぐに診てもらえるように手配してくれた、というか最後の客だった。前回のことを覚えていてくれたので、今回も同じであること、でも前回治ったのは翌日であること、あと今回は初めての右腕で…などということを、娘の泣き声に負けないように説明した。スタッフは電子カルテに書き込みながら、「前回は代理の先生だったんですけどねー…今日は院長がいますから!」と院長を召喚した。院長はサッと来てサッと治してくれた。迷いない口調で、ハイ治りましたと言った。たしかに治っていて、娘はまだ唸りながら、右手でわたしの肩を掴んだ。スタッフはじゃあこれ握ってみてと言って、娘にぬいぐるみを差し出した。(あ、ドキンちゃん…)。
「肘内障です。あのね、左腕がなりやすいってことは、右腕もそうだってことなんですよ。今度からは両方気をつけてね」肘内障すなわち腕の靭帯が外れても、いつかは勝手に治るんだそうです。けどそれまでは痛いから、すぐに治してあげるからまた来なさい、と言ってくださいました。ありがとうございます、ありがとうございます、と医療ドラマの母親役のように頭を下げて、診察室を後にした。