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プラスチックの卵焼きはプラスチックのたくあんに酷似していた

日記

2016年7月18日(月) 朝のうち雨のちくもり もうすぐ満月

今日も今日とて不幸騒ぎで、わたしは喪服を着て線香の匂いの中にいながら、今まで世話になったことのある親戚や世話にならなかったけど人生でなにかしら接点のあった親戚のことなど考えていた。線香の匂いの中といいつつそれに気づいたのは帰宅してからで、あ、自分線香臭いなと、それは最近よく使う蚊取り線香の匂いとは違っていた。

わたしが最初で最後の弔辞を読んだのはひいばあちゃんの葬式で、一緒にままごとしてくれてありがとう、ままごとの卵焼きがおいしかったです、みたいなことを述べました。そんなことを思い出しながら、ままごとの卵焼きってそういやまだ実家にあったな、このあいだ娘が遊んでたな、そんなことを思い出しながら、あのプラスチックの卵焼き(プラスチックのたくあんに酷似していた)にはひいばあちゃんとばあちゃんと母親とわたしと娘の、なんと五世代にわたる指紋が付いているのか、そんなことを思い出すと感慨深いものがある。お葬式とは送る人のためにあるのだなあと、最近つくづく思います。

かみ

日記

2016年7月13日(水) 晴れのち雨

このペーパーレスの時代にこんなもん客に送ったって紙代印刷代郵送料がもったいないだけっすよね、同僚の同意を得たわたしは正午になるやいなや千円札を握りしめて“たらこ”に向かった。たらこクリームスープパスタは163円だった。今日はどうしてもこれが食べたかった、というか、買いに来たかった。たらこを買ったお釣りのうち60円でネットプリントを利用する。配信中の短歌を1枚、プリントしてきました。
先日の七夕に初めて利用してから、わたしのなかでネットプリントがあつい。「七物語」は一日限定配信だったからふだん腰が重いわたしもついコンビニいやたらこに駆け込んでしまった。そこから弾みがついた。短歌を紙上で読むしっくり感、きれいなデザインをながめる楽しみ、タイムラインに流れてゆかず永遠に手許に残る安心感、配信に期間が設けられているから、読みたいなら今日たらこに駆け込むしかないという焦燥感、あと機械にお金を入れて1分近く待ってやっとゆっくり出てくる紙を手に取る瞬間とか、そういうのが楽しい。たらこに行くのは平日の昼休みと決まってるから、今日行こうか明日にしようか午前中のそわそわ感(おなかの減り具合とも相談する)、じっくり読むのを楽しみに午後の仕事をするわくわく感、それが仕事の励みになる(集中していない)。そんなわけで最近A4の紙が増えつつある。「趣味」として紙が増えるなんて思ってもみなかった、このペーパーレスの時代に。

ななゆう

日記

2016年7月7日(木) くもり時々雨 七夕

朝にテレビをつけたら「きらきらひかる~ おそらのほしよ~」のんきにきらきら星なんぞ歌っていて、七夕といったら「たなばたさらさら~ のきばにゆれる~」じゃんかよお、と思ったけれども正しくは「笹の葉さらさら」。たなばたさまと呼ばれるこの曲の歌詞には一度も「七夕」という言葉は出てこない。「おほしさまきらきら」は2回出てくる。
そう、7月7日はきらきらしている。今日は朝からいいことありそなそんな気分で、なんとなくついったをチェックしたら七物語というすてきな短歌の配信があったので一か八か財布を確認した。200円と少し残っていた。帰りにコンビニ寄った。このコンビニは昼にたびたび訪れてはたらこクリームスープパスタを買っているので、わたしの中ではたらこと呼ばれている。120円使ったら残金なくなったので今日は買わなかった。短歌のテーマは遠距離恋愛、七夕は織り姫と彦星の恋愛に由来することをわたしはすっかり忘れていた。こころがきらきらする。

はいおめでとう

日記

2016年7月2日(土) くもり時々雨 晴れ女、仕事する

着いたときには鳥居の下に立つ二人が見えた。ぱらぱらと降っていた雨は上がり、置き土産のような湿度が存在感を増している。あたりまえだけど白無垢は初めてお目にかかったから、最初は別の人かと思ったよ。あんなに面白がっていたのに結局かつらをつけて綿帽子を被っておった。白無垢の衿にはビーズの刺繍が施されていて、可愛いねと言ったらそうでしょう可愛くしてもらってね、と言う。式の始まる前に時間があってよかった、こんなに可愛い白無垢姿をよくよく観察した。着物の中は蒸し風呂でさ、と言っていたけど、頭の上も蒸し風呂だったと推測する。
親族が集まれば笙の音が先導して行列が始まる。プィ~という目出度い席でおなじみのあの音、たった一人が鳴らす笙からいくつもの音がでているんだった。ハーモニカのような。興味深い。わたくしごとですが我々の時は笛だった。笛は吹き手の微妙な息遣いを拾うから、歩きながら笛を吹くのはさぞかし大変でしょうねなんてことを始終思わせながらの先導だった、笙は音がいっぱいあるからそんなこと心配ご無用だった。神社の人も雅楽器をとっかえひっかえしながら日々パフォーマンスに磨きをかけている。
本日はご結婚まことにおめでとうございました。わたくしごとですが我々の披露宴であなたにいただいたご祝儀袋の中身が空だったこと、今日まで誰にも喋っていません。もちろんあなたも。これからもこの秘密を胸にしまって生きて参ります。そちらもどうぞ末永く、お幸せに。

無題

日記

2016年6月30日(木) くもりのち雨 うるおうお肌

赤ちゃんとはいい匂いの生き物だという思い込みから他人の赤ちゃんの頭の匂いを胸いっぱい吸い込んでみたら「くさっ!」ふつうにおっさん臭くてリアクションに困った。どうして、我が娘の頭なんて産まれて間もなくの頃から今に至るまで夏も冬も甘い匂いがして、わたしは心の中ではわたあめちゃんと呼んでいる。わたあめちゃんは眠りに落ちる間際に身体を敷き布団とマットレスの間にねじ込む習性があり、そのままずぶずぶと頭の先まで潜り込んだところで規則正しい寝息が聞こえて寝かしつけ完了となる。敷き布団とマットレスに挟まって出たり入ったりする様は二枚貝に似ていて、わたしは心の中でははまぐりちゃんと呼んでいる。

この6月は

日記

2016年6月29日(水) 晴れ 蝉が鳴く

この6月は人のしぬのが多かった。わたしは喪服を着たり仕事を休んだりしながら一方で世間はジューンブライド、ドレスを着たりお祝いを用意したり、そこでふと、平常心で過ごす週末とはどんなものだったか、おそるおそる散歩へ繰り出せば、日曜夕方の運動公園は幼女を連れた父親しかいないのでありました。帰る道すがら初めてこの地を訪れた人のような気持ちになり素直に道路標識に従えばそこは一方通行で、そういえばこの世も一方通行よなあと悟ったそのとき左手には明るい家族計画の自動販売機がありました。今時珍しいこの自販機の隣は薬局ではなかったと記憶する。

きょう扇風機出しました

日記

2016年6月11日(土) 晴れ 窓を開ければ夜風が涼しく、

開いた窓から踏切の音が微かに聞こえるほどには都会に住んでいる。踏切の音がするとじっと耳をこらし、次第にやってくる電車のいななきを聞き漏らさないようにする。特急も貨物列車もいななきは同じ、ただ頭の中で10数えるうちに終わらないやつは貨物列車で、電車のいななきもねこの鳴き声も隣家の水洗便所の流れる音もお構いなしに眠りの淵に片足をつっこんでもがいている娘よ、ああこいつが通り過ぎる前に眠ってくれればいいのに。隣家の水洗便所からはしょっちゅう水を流す音が聞こえてくる。