人格とは
2023年4月30日(日)雨 久しぶりの雨の匂いだった
かわいい息子2歳の、両手両足もかわゆく、おなかもお尻もまたかわいい。しかしそれは例えばネコの前脚を愛で肉球を吸うときとは違うなにかを感じる。
息子の右足を愛でてから靴下を履かせるとき、右足には右足の、左足には左足の人格があるように感じる。「みぎあしくん」と「ひだりあしくん」である。娘の、汗ばんでマメだらけの手のひらをかわいいと思うことはあっても、娘の手のひらに人格は感じない。
思うに、まだ完全には息子の思いどおりに動かせない手足が、一人では服を着るのも靴を履くのもままならない身体能力が、身体のパーツ一つひとつに人格を持たせているのではないだろうか。
身体のパーツひとつといってもどこまで細かく人格を感じるか、想像してみるが、足の親指には感じるが中指には感じない。小指は少し感じる。お腹に人格を感じるが、ヘソにも感じる。背中にはあまり感じない。後頭部は顔とは別の人格を感じる。顔をみればもちろん「息子2歳」としての人格を感じる。チンチンとキンタマはそれぞれに感じる。髪を結べば結んだ部分に感じる。
そんなふうにあちこちに存在する人格を、感じつつ、いつしかこの人格が薄らいで、「息子○歳」の人格しか感じず、そして手足に人格があったことすら忘れてしまうのかな、としばらく考えている。
アンパンマンマーチの下品な替え歌
2022年12月28日(水)晴れのち雨、かみなり
アンパンマンマーチの下品な替え歌があって、
歌い出し
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と勇気だけが
ともだちさ
の部分が
アンパンマン そこはだめよ
大事なところ
ソーセージ ミートボール
おいなりさんの皮〜 (ひじき)
だという下品な替え歌があって、初めて聞いたのは娘がもうすぐで小学生になるという年長の冬の半ばだった。下品な替え歌、いかにも小学生低学年らしくてほほえましー、と思いつつ、いやいやせめて小学生になるまではそういうの歌わないでほしかった、と、娘にそれを教えた同級生のハルくんを恨んだりもした。娘は「ねえ、これどういう意味の歌?」とたびたび聞いてきたが、しらんわからんと躱してるうちに、「わかった、おいしいお弁当の歌だ」と納得したようだった。そうだねえ、と返した。
時は流れ、一年生の終わりころ、この歌の意味わかったよ、と娘が言う。これは顔のパーツを表していて、ソーセージは鼻でしょ、ミートボールは目でしょ、おいなりさんの皮は…なんだろう顔の皮かな?、それでひじきは髪の毛!あ、まゆげ!!と言う。そうだねえ、と返した。
さらに時は流れ、最近になって娘は、ねえこの歌ってチンチンの歌じゃん、と気づいたようなことを言った。周囲の碌でもない男子たちに聞いたようだった。いかにも小学生だなぁ、と、その健やかなエピソードに感動した。娘はおもしろがって、以前にもましてよく口ずさむようになった。
そうしたら今度はむすこ一歳九ヶ月がこの歌を覚えてしまい、「♪アンパンマン、そこは~、(フンフンフーン)、かわ~♪」と一緒に歌うようになってしまい、(これ保育園では歌わないでほしいな…)とわたしは思うのであった。おもえばハルくんもお兄ちゃんから聞いたんだろうな。そのようにして替え歌というのは歌い継がれてゆくのだろう。
日記
2022年10月11日(火)横浜は晴れて暑かった
まだ暗く雨の降る中地元を発ち、よく晴れた羽田空港に降り立ちました。朝早いうちから、と思っていたのに世の中はとっくに動き出しておりました。わたしは飛行機が苦手です、怖いから。外が見えると怖いから通路側の席を選択した。本を持ち込んでやり過ごそうと思いましたが離陸からしばらくずっと揺れておった。揺れるっていうか下降するじゃんね、上昇してるくせにー。おしりがふわっとなる。怖かった。読んでる内容が頭に入らなくもあった。それでも飛行が安定すると読書も捗り、「まもなく当機は着陸態勢に入ります」、ほーんと思ってるうちにドスンと衝撃があって、あっという間に着陸していた。着陸の恐怖全然感じなくてよかった。
横浜で研修があったのでシャトルバスで向かう。夕方終わる。
せっかくだから鎌倉にでも行こうじゃないかと電車を調べたのに駅構内で迷った。乗り場を探してるうちに良い頃合いの電車はみんな出発してしまって、このままだと飛行機の時間に間に合わなくなってしまうのではと鎌倉行きをやめた。行き先を羽田空港に切り替え電車を探したのにまたしても駅構内で迷う。駅構内、方向感覚なくなりすぎてひいた。同じところを何度も通った気がするし、別の建物に入ったような気もする。柱にもたれながらスマホをぐりぐりしてるとき、「スミマセン、〇〇乗り場を探してるんですけど」って女性に声をかけられた。あ、わたし地元の人じゃないんで、と断ったらその方は隣の二人組に同じ質問をし、二人組は親切に教えてあげていた。女性が去ったあと、「ていうかすごくない?こんなに人がいるのにウチらが声掛けられるなんてさぁ」と喋っているのが聞こえたので、(あたしゃもうこの人らに聞けんな…)と思いながらまた歩いた(迷った)。
無事に羽田空港に着いた。余裕をもって着いたと思ったのに、お土産買ってから夕食を、と思うとまた(飛行機に間に合わなくなってしまうのでは)と考えてしまい、結局保安場内で簡単なものを食べて終わった。最近気づいたんだけど、ひとりだと食事を疎かにするな、自分。食事よりほかのことを先に済ませたくて、食事の時間がなくなりがち。結果簡単に済ませがち。まあ駅構内を歩き回ったり、空港内を端々まで歩いて案内図を頭の中でなぞったりするの、結構楽しかった。ゲームの中マッピングしてる感覚なのかな。そういうことで満足してしまいがち。
案の定時間が余ったのでロビーでぼんやりする。前に座った人のスーツケースが銀色のアルミ製で、視界の端にあるとゴミ箱かと思ってしまう。見直してゴミ箱なわけないよな、と思うのに、しばらくするとまたゴミ箱かと思ってしまう。搭乗前にゴミ捨ててこう、と毎回思う。
飛行機は無事に着きました。
日記
2022年7月15日(金)あめ
娘が一年のときから通ってる学童で初めて仲良くなった女の子のことが今も大好きらしくて、将来は〇〇ちゃんと結婚したい、と言っている。先日はかわいいブレスレットをつけて帰ってきて、〇〇ちゃんと一緒に作ってお互いにプレゼントしたの、と言っていて、(あーいいなぁ)と思った。それをおとうと一歳が急に引っ張ったので、ブレスレットは千切れて、小さなビーズが一斉にパーンと弾け飛んだ。あわててビーズを拾い集めるわれわれを差し置いて、娘はおとうと一歳の背後に立つと、ペチンと頭を叩いた。当然泣き出すおとうと一歳、当然怒るわれわれ。娘は目に涙をいっぱい溜めて、「だから一人っ子がよかったのに!」と言ったあとうわーんと泣いた。なんか様式美だと思った。
くしゃみをしようと顔をしかめるとき
2022年5月30日(月)晴れ
くしゃみをしようと顔をしかめるとき、それを失敗させようとして娘のやつが笑わせてくるんだけど、もののけ姫の、アシタカがナゴの守の最期を知らせようと差し出した腕のにおいを嗅ぐ乙事主の鼻の穴のアップ、を思い浮かべると、娘の妨害に屈することなく気持ちのよいくしゃみが出せそうなことに気づいた。明日から実践する。
ルンバがきた
2022年2月15日(火)くもりのち雪
ルンバがきた。
まもなく育休が終わってフルタイム共働きの生活がはじまる。たいへんだってみんな言ってるけどわたしは絶対苦労したくない。少しでもラクしたくてお掃除ロボットの導入を検討し、電機屋に見に行ってみたけどイマイチ操作感がわからなかったのでレンタルを利用した。わたしにしては行動が早い。自由がきくのは今だけだという焦りがわたしを動かした。
お待ちかねのルンバ、起動したら音が大きくて赤が泣いた。掃除機だからうるさいのは納得なんだけど、うるさいうえに自分に向かってくるのが怖かったらしい。猫は無反応だった。ルンバは壁にぶつかり角度を変え、家具にぶつかり角度を変え、その角度がバラバラで、ちゃんとムラなく掃除してくれてる??、と不安になる。いちばん掃除してほしかった消しごむのカスはブラシが弾いて、床の上をぴょんと移動しただけだった。
23分掃除してルンバは基地に帰っていった。これ買う必要あるかな?、子にたずねる。子も消しカスぴょんを目の当たりにしてがっかりしているようだった。やれやれ、ルンバを点検しているとき、猫がテーブルの上の鉛筆削り器を落として、削りカスが床の上に散らばった。わたしはコード式掃除機を持ち出してそれを吸い、そのままルンバが掃除したばかりの部屋全体をもう一度掃除した。いにしえの姑みたい、と思った。すっきりした。
我が家にはすでにコード式掃除機とコードレス掃除機があって、ここにルンバを買って3台の掃除機を持つのはさすがに多すぎでしょ、と常々おもっていた。思えばコードレス掃除機は飛び散る猫砂をサッと吸うために買ったのだったが、猫砂は意外に重くてサッと吸うことかなわず、後日100均で箒とチリトリを買ってそれで掃除してるんだ。わたしの買い物っていつもそんな感じだ。それを思い出せただけでも、今回レンタルしてよかった。
春になったら子にウォシュレットの使い方を教えてあげようとおもう
2022年2月6日(日)くもり時々雪
子が風邪をひいた。高熱でだるそうで、風呂には入れられず、顔だけ洗って寝かせた。こういうときウォシュレット使えたらなあ、と思った。子はまだ、ウォシュレットを使ったことがない。
ウォシュレット、わたしが初めて使ったのは小学二年生のときだった。実家がリフォームされて、それまで和式のボットン便所だったのが洋式の水洗便所になった。しかもトイレの数が二つに増えた。じいちゃんばあちゃんの寝室のそばに新しく作られたトイレに、ウォシュレットは付いていた。
使い方がわからなかったので、お尻を出して便器に腰かけ、トイレのドアを開けて、親に教えてもらった。たしかおとーさんだったと思う。「おしり」を押すと強くて細い水が出る、「ビデ」を押すと弱くて幅のある水が出る、「乾燥」を押すと風が吹いて尻を乾かしてくれる。おしりは水色、ビデはピンク、乾燥は黄色のボタンだった。尻はなかなか乾かなかった。水勢の強弱、水温や温風の高低を調節するツマミも教えてもらった。ウォシュレットのボタンで覚えた漢字もあるだろうと今おもった。
はじめて「おしり」の水を尻に受けたとき、勢いが強すぎてくすぐったくて、耐えられなかった。そののち妹4歳も「おしり」の洗礼をうけ、まだ小さかったから、くすぐったがりながらその水を背中まで受けて母親の仕事を増やしていた。わろた。
人が座っていないときにこのボタンを押したらどうなるんだろう、と試したこともある。けれどもわたしはめちゃくちゃ慎重なので、水勢のツマミを最低にしたうえで水勢の弱い「ビデ」を押した。伸びたノズルから水はおだやかな噴水のように湧き出でて、わたしはふーんと思った。妹を呼んできて、水勢のツマミをどこまで動かすと(あるいは「おしり」にすると)水が便器の外に飛び出すかのチキンレースもやった。そののち友人の家に行って、その家も新築でウォシュレット付きトイレを初めて導入したところだったが、二人でトイレにこもり、人が座っていないときにこのボタンを押したらどうなるんだろうをやった。このときは友人主導で、彼女はとくに慎重ではなかったから考えなしに「おしり」のボタンを押し、勢いよく出てきた水で床が水びたしになった。慌てたが、自らの尻で便座にふたをしようにも服を着ていてそれもままならず、床の水たまりは大きくなる一方だった。わろた。どうにかノズルを引っ込めて、トイレットペーパーで床を拭いている最中に彼女のお母さんがきて、あらあらまあまあ、と言った。彼女のお母さんはわたしたちが何かやらかしてもあらあらまあまあでさらにこちらの心配もしてくれて、今考えると心が広いな。わたしが帰ったあとに怒ったりしたんだろうか。
ウォシュレットネイティブのわが子が、今まで「おしり」「ビデ」といったボタンになんの疑問も持たず、ただただ流すためのボタンしか押してこなかったのは奇跡といえよう。娘は大丈夫だったけど息子がそうなのかどうかはわからない。これから。
会社の先輩と後輩と三人でよく飲みに行っていた時期があって、先輩が「おれウォシュレットにはうるさくて、出先ではトイレに寄って必ずウォシュレットを試す」と言っていた。わたしは公共施設のウォシュレットってあんまり使いたくないなと思っていたので、そしてそういう人が世の中大半だと勝手に思っていたので先輩の言動に感心した。ちゃんと使う人がいてよかったと思った。先輩のいる部署のトイレをリフォームするので意見を求められた際はウォシュレットにこだわって便器を選んで入れてもらったと言っていた。その先輩と後輩がめでたく結婚し、新居にお邪魔したとき、お手洗いをお借りして、ウォシュレットボタンを見た。よくある普通のウォシュレットだった。使い心地を試してみる気にはならなかった。
春になったら子にウォシュレットの使い方を教えてあげようとおもう。子は春に小学二年生になる。